日東コーナーの歴史

70年にわたる日東コーナーの歴史について

 

日東コーナー正式名称「日東物産株式会社」の創業は山口県出身の初代社長 竹田保。

昭和23年、戦前から海軍関係にコークス貿易行っていた会社「栄炭鉱」が敗戦後GHQにより

「日東物産株式会社」に名義を強制変更させたらたことが始まりです。

栄炭鉱の創業地は京橋、登記変更時に出光興産と白鶴の両社長に誘われ歌舞伎座、三原橋交差点周辺にて商売を再開。

 

昭和44年 三代目社長 竹田睦が貿易のみではなく、同地に飲食店「日東コーナー」を開業いたしました。

 

昭和44年~昭和55年 当年までは当時歌舞伎座の横地でパブレストランを営業。著名な財界人を始め、歌舞伎関係者などで賑わう。

 

昭和55年~昭和64年 4代目社長 竹田美代が代表就任後カフェ レストランとして営業

 

昭和64年~平成17年 イタリアンレストランとして営業

 

平成17年~平成25年 焼酎居酒屋「日東コーナー 薩摩」として営業。

 

平成25年~平成30年 5代目社長 竹田大作が代表就任後 初期のパブレストランのリバイバルとして「カフェ&パブ 日東コーナー」を営業

 

平成30年 ビルの老朽化により銀座一丁目、京橋プラザ横に移転。 新たに炭火焼を導入し「炭火焼き 洋食バル 日東コーナー」を開業

 

現在に至る